2005年10月14日

こうなったいきさつ・・・

【人気blogランキング】 に登録して頑張っています!
↑最近なぜかランキング25位以内! プチッとしてくれて感謝です!


皆さんこんにちは、いつも当ブログをご覧いただき有難うございます、大槻ホームの大槻です。

3人の子供達もいよいよ大きくなり、2LDKのマンション暮らしも限界に達したことから念願のマイホーム計画をスタートして早や2年。

約1年前、会社のある世田谷の近辺の土地にはとても手が出ませんでしたので、横浜の青葉区・あかね台という場所にこれだという土地を見つけ、何とか家を建てる場所は確保しました。

あれやこれやと間取りを考える日々が続き、設計スタッフにも協力してもらいながら何とか納得できる間取りもできあがったのでした。


そんなある日、できた間取りをに見せながら話しをしていると、彼女が突然こんなことを言い出しました。



それで、どんな家にするの?



・・・・・・え?  と思いました。



妻が今さらどんな意味でそんな事を聞いてきたのか分からなかったのです。

いつも当社が外断熱の人と環境に優しい家づくりをしているのは、当然彼女は知っていますから。



どんなって・・・ いつも以上に自然素材をたっぷり使った木の家にしようと思っているよ・・・



ちょっと間を置いて自分はそんな風に応えたと思います。


ところが妻の反応は自分の予想外のものでした。


それはそうなんでしょうけど、もっと何か・・・ そうね、光熱費がぜんぜんかからない家とかいいわよね!


ふざけて言っているのかな?と思いましたが妻の目は笑っていません。


少しギクッとはしましたが、妻はいつも思いついたことをすぐ口にするタイプなので「またいつもの思いつきか・・・」と、その場は笑い流したのでした・・・



ところがその後、会社のスタッフがこんな風に話しを切り出してきました。



社長、こんど建てる家ってどんなすごい事を考えてるんですか?



かなりギクッときました。 と同時に数日前妻につきつけられた要望を思い出していました。




スタッフ 『その顔はそんなにすごい事は考えてなさそうですね(笑)』

自分 『いや実は少し前に妻にもそんな風なことを聞かれてしまったものだから・・・』

スタッフ 外断熱の地熱住宅って知ってますか?』

自分 『えっ? 外断熱のチネツ住宅???

スタッフ 『このまえ「欠陥住宅を造らない会」で仲良くなった千葉の玉川建設さんの開発した工法なんですけどね、伝導型の地熱利用のシステムで今までの単なる外断熱とは違って積極的に地熱エネルギーを家の中に取り込んでいるから、エネルギーを食わない、人にも環境にも優しい究極の省エネ住宅だって話しですよ。』

自分 『!』 

その時自分は聖子ちゃんじゃないけどビビビと来るものがありました。

自分 『究極の省エネ住宅ってわけか・・・』

スタッフ 『そう、エコ、エコ(笑)』





その後一週間も経たずして千葉の玉川さんの所へ出向き、実際の現場をいくつか見せていただいたのですが・・・

今まで色々な工法の現場を見て勉強をしてきましたが、そんな自分が見てもスゴイ!!


これだ!!と思いました。



その場で導入を決意し、現在その地熱利用システムを使ったマイホームを建てています。


自分で言うのもなんですが、建築のプロが唸って導入を即決したエコロジカルなシステムがどんなものなのか?


今月末完成するちょっと前の状態を皆さんに見てもらう機会をもうけました。


10/22(土)23(日)に
オープンハウスを開催します。



詳しくはコチラをご覧下さい! お待ちしてます!



では最後に一瞬だけご協力を! プチッとね☆
【人気blogランキング】 に登録して頑張っています!

  

Posted by o_genba at 20:53Comments(2)TrackBack(0)

2005年07月01日

アキヒコからのメッセージ(5)

【人気ブログランキング】

当ブログの管理人、渡辺です。

      この【アキヒコからのメッセージ】というカテゴリーは、

      建築中!の家の施主でもある大槻ホームの代表、大槻明彦が

      自らキーボードをたたいて投稿している、社長のメッセージです。

 


 

みなさん日頃『外断熱の地熱住宅★ただいま建築中!をご覧頂いただき誠に、

ありがとうございます。

とてつもない話しの続きを今日もご覧ください。

 


 

高校生活一年が終わり、東工祭での展示内容が、素晴らしかった為か、

1年生の終了時には、1年の部員が10人まで増え、新3年生が、4人

2年が、10人。新入生が、積極的な勧誘をした為、6人入って、総勢20人の

大所帯となったしだいです。

2年生になり、先輩がいるものの、後輩が出来たのが、大変良かった。

あれやれ、これやれと指示が出来て、進学・就職等の勉強もせずのんびりと

おくってきた一年だった記憶があります。

夏の合宿は、愛知県、明治村。へ行き、西洋建築の最高峰と言われている、

フランクロイド・ライトの帝国ホテルを調査・見学。日本ライン下りの乗船、

犬山城の見学と、充実した合宿であった。

ただ、東工祭の展示は、昨年度が良過ぎたためか、チョット不評でした。

 犬山城

 

 

  ←犬山城での二年生たち。

 

 

 

 

 

 

3年生の時は、石川県金沢市に隣接する、野々市町にある、

喜多家住宅の見学、合宿、模型の製作と、今考えると充実した、

学校生活を行なっていた感じです。

 

 

野々市

 

 ←野々市町にある喜多家の前での

   アキヒコ。

 

 

 

 

   

 

東工祭が終ると、3年生は、引退。進路を考えなくては、なりません。

この続きは、またいつか。

  
Posted by o_genba at 18:40Comments(2)TrackBack(0)

2005年06月14日

アキヒコからのメッセージ(4)

 
現場でワイワイ外断熱の地熱住宅を学ぶ集い
※詳しくはこちら  6月25日・26日

当ブログの管理人、渡辺です。
      この【アキヒコからのメッセージ】というカテゴリーは、
      建築中!の家の施主でもある大槻ホームの代表、大槻明彦が
      自らキーボードをたたいて投稿している、社長のメッセージです。
 

 
みなさん日頃『外断熱の地熱住宅★ただいま建築中!』をご覧いただき誠に有難うございます。 フロフィールと言うか、とてつもない話と言うか、
いかがでしたか。

私の出生から中学校卒業までが、良くとはいえないが、少しは、

分かりましたよね。

 


 

さて、私が入った(入れてもらった。) 高校の当時の名前は、

東工学園、東京工業高等学校建築学科でしたが、現在は、

日本工業大学付属工業高等学校建築学科で、

昭和51年4月の事です。中学校の担任の先生のアドバイス

に従い、右応曲折の上、この学校に入った訳です。

中学校時代は、帰宅部でした。しかし、高校に入ったわけだから

何かに入ろうと、どうゆう訳か考えた私でした。

 

その当時、すでに、体重が80圓△蝓△なり太っていた為、

スポーツ部??いまさら無駄と考えた末、文化系の建築研究部

に入部した次第です。なぜこの部??と言うと、単純な理由で、

担任の先生が、何か部活動に入れと、熱心に皆に勧めていた

中でよさそうと思った事。隣に座った奴も一緒に説明会に行こうと

誘われた事。応援団に無理やり入れさせられそうになった事。

最後に、建築を一応勉強しに入ったのだからちょっと頑張ってみよう、

と思った訳です。

(少しだけ偉い私)

  

 高校生活

 

 ←左端が私。

  充実した高校生活。??

 

 

 

 

当時、建築研究部には、3年生が5・6人、2年生が4人だったか、

そして、新入部員の1年生が8人くらい(忘れてしまった。まずい)

入ったのでした。

 

活動の内容は、毎年11月に行なわれる。東工祭に出品する展示品の

作成が主な活動で、3年生が中心となり、展示内容の考察から始まり、

それに伴い、夏合宿を行い、合宿地の調査・研究そして、模型類の製作、

展示。東工祭が終ってからは、建築物の事例研究と、かなりかっこいい事

をしていた訳でありますが、実は、そんなにたいした事をしていた記憶がありません。

(私だけかも)

しかし、1年生の時の夏合宿は、すばらしかった思い出があります。

岐阜の郷の合掌造りの見学に行った事です。合掌作りの民宿に2泊3日

の工程で、東京から、新幹線で名古屋まで行き、名古屋から金沢行きの

国鉄バスに揺られること4時間、ようやく到着、降りたとたん

合掌造りの民家が眼下にひろがった光景に、感動した記憶があります。

日本にこんな所があったんだなぁーと感じた次第です。

(今の建築に対する情熱は、ここが原点かも)

一年生で始めての合宿。夜は、高校生だから酒無しのドンチャン騒ぎ、

朝起きたら、顔が墨で真っ黒、と色々と合ったしだいです。

2日目は、午前中は、合掌造りの民家の調査。午後は、随分遠かった

記憶がある、御母衣ダムまでのサイクリング。

(ママチャリで太っていたからきつかった。)

と、楽しいながらも先輩を立て、規律ある夏合宿、今となれば、

すばらしい思い出です。

  合掌作り

 

 

 ←夏合宿での、顧問の先生と1年生。

 

 

 

  

その年の東工祭の展示品は、合掌造りの民家の模型の展示でした。

1m真角程度の大きい物ながら、細かい所まで、詳細に作り、

見学者を感動させたようです。

(私は、ろくに手伝っては、いないが)

 

 

この様に、すばらしい高校生活一年でした。(本当かなあー)

続きは、次回とさせて頂きます。

  
Posted by o_genba at 10:04Comments(0)TrackBack(1)

2005年06月09日

アキヒコからのメッセージ(3)

 
現場でワイワイ外断熱の地熱住宅を学ぶ集い
※詳しくはこちら  6月25日・26日

当ブログの管理人、渡辺です。
      この【アキヒコからのメッセージ】というカテゴリーは、
      建築中!の家の施主でもある大槻ホームの代表、大槻明彦が
      自らキーボードをたたいて投稿している、社長のメッセージです。
 

 
みなさん日頃『外断熱の地熱住宅★ただいま建築中!』をご覧いただき誠に有難うございます。
 
現場は、この所の雨で停滞ぎみです。
 
屋根が二重構造になっているのはご存知だと思いますが、下屋の部分は外側の屋根が出来ないと、無い状態ですので、雨が入って現場はびちゃびちゃです。
 
今日も、ちりとりとバケツを持って、水かきをしてきた所です。
 
ようやく念願かなった我が家。
大切にかつ色々試しながら進めていく所存です。
 
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
 
ところで今日から
私、大槻明彦のプロフィールというか、とてつもない話を聞いてください。
 
私は、1960年(昭和35年)8月に、長野県諏訪市に今もある、青木産婦人科病院にて、出生しました。この前先祖の墓参りに行ったとき両親がここだよと言ってくれて、分かりました。)
 
そのころオオツキ家は、父の設立した大槻工務店がある、世田谷区喜多見の地の、3376の番地に住んでいましたが、母の実家が、長野県下諏訪町に在った為、帰省しての出産となったようでした。
 
父の実家は、上伊那郡箕輪町で、両親とも長野県人です。
 
喜多見は、今でさえ、田舎の風景が残る所ですが、その当時は、田畑や林しかなく、どろんこになって遊んでいた記憶が若干残っていますが、小学校1年生の後半から、今のように太ってきたので、家でお菓子を食べまくっていたそうです。(母の話)
 
小学校3年生からは、今の私の実家のある、調布市へ引越し、小・中学校を調布市で卒業しました。
 
小中学校の思い出と言えば、忘れられない事があります。
 
それは、6年間も通った塾です。
 
勉強が嫌いで、頭もそんなに良い方ではなかったのですが、それにもまして、転校した為、世田谷の学校の方が教科の進みが遅く、調布の学校の方がより先に進んでいる事でした。
 
当然の如く授業に、ついていけません。
 
その為、当時としては珍しく学習塾へ通う事となったのです。
その塾が、自転車で30分かかり、ちんたらちんたらと、月・水・金と週三日もよく行っていたなと、今は思います。
 
しかし、雨が降ると休みです。
 
歩くと1時間近くかかる為、やーめたとなって休みとなってしまうのです。
 大槻少年1
 
塾では、先生に、紙風船とうあだ名を付けられたのでした。
 
 
 
 
 
 
太っているのと、水に濡れるとしぼんでしまう(休んでしまう)ためだと思います。
 
当然頭が良くなるはずがありません。
 
高校へ行く時、どこへ行くかと考えることもなく、中学3年担任から、家が工務店やっているのだし、家をついで、建築をやるのだから、このレベルでは、今も井の頭線、駒場東大前駅3分にある、東工学園、東京工業高等学校建築学科しか無いといわれ、試験を受け、みごと合格して入学を果したのでした。
 
その学校には、日本工業大学も併設しているので、頑張れば大学にもいけるぞと言う状況でした。
 
当時は、自分の考えも無く家が工務店をやっているだけの理由でこの道に、進んだのでした。
 
しかし、今思うと、調布市立第4中学校3年9組担任の宮沢先生がいたからこそ今の自分があるのだから、感謝しておりますし、感謝しなくては、なりません。
 
高校へ入りました・・・
 
この先は、次回とさせて頂きます。
  
Posted by o_genba at 09:09Comments(4)TrackBack(0)

2005年04月07日

外断熱地熱住宅の研修を受けてきました

先日、千葉県茂原の玉川建設さんへ【外断熱地熱住宅】の研修を受けてきました。
 
実は事前に基礎の研修までは受けていたので、我が家は基礎まで施工できたのですが、
その日は家全部の技術研修を1日みっちり受けてきました。
当日は私のほかに我が社の社員3名のほか、大工さん2名も連れて万全の体制です。
 
また大阪からは行列のできる工務店で有名な「池田住宅建設」さんや、
那須から「長谷川ホーム」の上野さん、それに千葉・館山でご活躍されている
有名な「イマジンホームビルド」の青木社長などそうそうたるメンバーとご一緒でした。
研修中1
研修中2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
写真は研修中の様子です。
皆さんとても熱心で、専門的な質問が飛び交う熱い研修でした。
  
Posted by o_genba at 17:28Comments(8)TrackBack(0)